2014年2月28日金曜日

測定器の検査をするということの例

例えば、測定器を正しく検査する場合の有効な手段として、既知の製品に対して比較したり、多方面から観察を行い期待値を確認することができます。

例えば、私が最近購入した電源装置の場合発議のような特性を取ります。




電源インピーダンスと外部からの制御特性です。
電源装置自身の特性が綺麗でない場合や、評価機から得られたデータを基にした出たと比較し、期待されている値が出ていないと、これらをメーカーに伝え、改善を行っていただく必要があります。
場合によってはこの行為がメーカーを育てることにもなり、今後のお互いの協力関係の構築にもなりますから、

例えば、はんだ不良(振動でクラックが入る程度な状態)であったり、ファームウェアが異なっていたりと、そういった問題を指摘する事ができます。

事実、製品によってはファームウェアをアップデートしたら、電磁妨害の基準を満たさなくなる場合もあります。

メーカーを信用するなとは言いませんが、受け入れ検査は正しく行うようにしましょう。

ちなみに、今回うっかり拾い買いてしまったこの菊水電子の“PAK6-60A”という、一見したら何に使うか分からないような電源は、結構特性がいいのでコイル・モータの直流重畳特性採取の目的で購入しました。
中古品で草臥れている為、100kHz弱の部分がちょっと残念ですが、それ以外は非常に優秀な特性を持っている事がよく分かると思います。
電源として、あるべき姿を体現したかのようなすばらしい製品です。
様々な会社の製品を使っていますが、結局一番勝手が良い(壊れない、ソコソコ良い特性、残念なところが少ない)のは菊水電子なんですよね…。
毎回やっつけ仕事&試行錯誤で電源基板を作っているどこかの家電メーカーにもこれぐらいのものを作れ!と言ってやりたいですよね…。

コイルの測定に使うつもりではいますが、私個人がコイルやトランスを作るかどうかはちょっと疑問です。
どちらかというと、劣化故障に対する設計検証目的用途ですね。
会社で壊れたものを持ち帰っては故障要因、メーカーの設計技術を調べ上げ、次回の購入に関する選定材料にしています。

ではでは、今日はココまで。
またの機会に会える事を楽しみにしています。

物を購入したら正しく評価しましょう

会社や一定以上の組織において、共同の資金を幾らか使うことは避けられません。
個人事業主でもない限り、我侭な買い物はできないのです。
(実際問題、個人事業主ですら自由に変えるかどうか、怪しいですが…)

さて、そんな資金を利用する際、検収を上げるという行為が必ず発生します。
要は“目的のものが正しく納入されました”と、いうことをお金を管理している方に正しく伝え、組織として、取引先に対してお礼を伝え、契約した額面のお金を渡すと言う行為です。
(最近礼節を知らない人が多いので、怖い世の中になってきましたよね…)

しかしながら、この検収と言う作業、結構な問題でもあります。
周りから見たら分からないものであれば、適当なものを入れても検収を上げようと思えば上げれるのです。
そこが組織の腐敗、脱税、贈収賄の温床になるわけですが、電気関連の計測機器の世界では、測定器が正しい期待値を示しているかどうかを軽く検査する必要があります。

製品業者はは当然出荷検査をしていますが、山崎パンのようにお抱え運転手で無い限りは、納入されるまでの間の運搬の際、幾らか問題が起こることもあります。

実はこのお抱えの運転手を持つと言うことは、こういったリスク対策にもなりえます。
しかし認知が低いためか、もしくは、製品に対しての毒物混入があっても後追い対策ができれば良い=最悪客が死んでも企業は知らないと考えているためか、昨今の企業はリスクマネージメントが非常に苦手です。

話を戻しますが、精密機器も振動がかなり苦手なのですが、運搬業者の方の一部は、精密機器でも平気で投げまわして運搬するため、破損する事が有ります。

箱が大丈夫でも、面全体で衝撃を受けている可能性もあります。そのときに箱が壊れることは稀ですから、正しいものかどうか、確認する必要があります。

また、メーカーの出荷検査が正しく終わったとは言え、その出荷検査自体が正しいかどうかも最近は怪しい事が多いです。
出荷検査や、その物品・対象確認をしている人が社外者の安い給与の方である場合出荷に対する責任を持たないことをメーカーは暗に公示しています。
そういった会社は意外と多いもので、食品業界は悲しくなってくるような有様です。

事実、私が居た会社の殆どは社外の方でした。

物を購入したら、その代物は正しいか?正しく確認する癖を付けましょう。

後半に続きます

2014年2月24日月曜日

見事に綺麗な半田クラック例があったので公開

今日は趣向を変えて実例のお話

少し前、
(宣伝)でお話をさせて頂いた内容と結構被るのですが、はんだクラックのものすごく綺麗な例が身近で掘り出されました。

世間様では、対策が進んでいたり、材料の組成が変わっていたり、それなりに対策が進んでいるのですが、2000年~暫くの黎明期に製造された製品には、多くが問題の在る製品である事が多いです。

過去勤めていた会社でも、このころに生産されていた製品について、あまり良い噂を耳にしません。



どうです?見事なはんだクラックでしょ?
場所はPFC(力率改善回路)出口の電解コンデンサの足です。
ヒートサイクルがそれなりにある場所だったことと、結構振動が多い事が影響したのだと思われます。
教科書どおりの故障の仕方なので、皆さんも気をつけてください。
重たいものは、接着剤で振動を抑えるように保護しましょう。

産業用途と言えど、このころの松下製の蛍光灯用安定器は故障が多いです。
東芝と比べ物になりません、かなり悩まされています。
ほかの機器は圧倒的に東芝のほうが性能が悪いのに、どうした?と、心配しております。
その故障状態は、蛍光灯が付いたり消えたりする症状です。
外した時にコロコロ音がしたので、あまりにも酷いのではないか?と思ってみてみたらこれ…。

皆さんも2000年台初頭の鉛フリーはんだ製品には十分お気お付けください

ではでは、今日はココまで。
またの機会に会える事を楽しみにしています。

2014年2月22日土曜日

反原発が過剰反応である理由=無知の知がない

私自身が色々な会合に出る事が多くなった昨今、ようやく気付いた事があります。
特にエネルギー問題。

エネルギー事情に関して、あまり理解しようとしない者ほど安易な反原発に走りたがると言う傾向が見えています。

私もあんな物騒なものは、使わなくて良いなら使わないほうが良いとは思っています。
しかし、現状がそれを許してくれそうもありません


  1. 日本が原発を止めても、偏西風や海流で運ばれる元先に居るお隣の国々が絶対的に止めない上に、むしろ増やしてくること。
  2. その国々は放射性物質を垂れ流してくれるので、より性質が悪いこと。
  3. その原発の維持管理能力は少なくとも日本よりはるかに低い程度であること。
  4. 日本の原発を止めただけで、イタリア2倍分程度の化石エネルギー源が不足すること。
  5. 停めた際に発生する3兆円+αの資金源が今迄の貯蓄から消えている=永遠に続かず国力低下⇒後進国の仲間入り。
  6. 後進国の仲間入りを嫌がっている人間⇒反原発という実態。
  7. 日本の原発停止のおかげで、世界の戦争(特にアフリカと中東)が増えていること。
  8. 日本の原発停止のおかげで、世界のエネルギー難民による死亡者がすごいこと
  9. 原発を止めても、冷却し続けなければならず。安全ではないこと。
  10. 原料を解体分散して埋設放棄しなければならないが、それを許容してくれそうも無いこと。
  11. 分散しない場合は常に核反応がソコソコ起きているため、生成物は結果的に大きく変わらないこと。
  12. 原発を動かさす動かさないの差は、結果的に放射線が定常的に長い間で続けるか、短期集中程度しか変わらないこと。
  13. 冷却は少なくとも、核反応が十分小さくなった時点から50~55年程度必要であること。
  14. 反原発民自身が省エネをする(江戸時代生活に戻る)気が全く無いこと。
  15. 日本が崩れたらおそらく世界の均衡が崩れ、リアル世紀末が待っていること。


度々のつまり、今ある燃料は使い切ってから冷却して埋設可能な状態に固化した後保存が一番妥当と思える状況にあります。
要は新設しないで、しっかりとメンテナンスを行いながら継続運転、終了後は福島みたいに欲を出さず、しっかりと廃棄
福島問題を起こしたのは、地元の知事を無理やり交代させた方々(メディアと地元民)と、民主党政権を選んだ方々(メディアと国民)が加害者です、それを真似しないようにしなければなりません。。

50年後、こんな危険なエネルギーなんて用いなくてもいいといわんばかりに政府が核融合側へ大きく舵を切り始めました。
今までの放射性核廃棄物は、中性子を高速でぶつけ、意図的に核分裂を起こして、半減期の短いものへ変換し、容易に破棄できるようにするようです。

本来、原子力並みにエネルギー密度が高い代物は、皆使わなくて良いなら使いたくない代物なのですが、なぜか理解されません。
実際、この原子力問題は原子力に携わっている彼らが一番よく理解しています。
では何故使わなければ成らないのでしょうか?もう少し深く考えて欲しいと私は願っています。


まともな技術者でも分野が違え

  • 電気は生成=消費のバランスを保たなければならない(貯めれない、もしくは貯めるのが非常に困難である)こと
  • 原子力発電だけが原因で水力発電の増設が必要になったと勘違いしていること
  • そのため、原子力発電のコストが高いと勘違いしていること
  • 火力発電の原価は80%近くが原料費だということ
  • 夏場のピーク電力は、ほぼエアコンだということ
  • 火力発電の多くはボイラーであり、ボイラーはどうやっても即応性が無いので、水力発電が必要であること
  • ガスタービン発電でも即応性はあまり改善されないので、結局は水力発電が必要であること
  • 自然エネルギー発電のおかげでより不安定になったため、より水力依存になりつつあること
  • 結局は揚水発電が国民の我侭の尻拭いをしていること

こういう基本的な事がわかりません。寧ろ電気系の技術者でも、こういう当たり前の事を知っているのは一部かも知れません。

原子力を含めたエネルギー問題は、本来なら技術者がしっかり解説して然るべきなのですが、マスメディアはお抱えの御用学者に頼り、全くその役目を果たそうとしていません。
ニュースはワイドショー化され、お抱えのコメンテーターという道具を使い、常に彼ら密入国者側にとって都合のいいように報道するようになって来ました。

まともな技術者になれなかったからマスメディア系の誰もがなれる様などうしようもない地位で甘んじている
その程度の人間が、あらゆる問題に対して精通しているわけでもなく、まともな議論をしようというのがそもそも不毛
結果、アレは真実のことを言っていない部分は完全に無視すべき媒体
テレビは昔で言う所の白痴箱という表現は正しい…そうしっかりと認識して欲しいものです。

ではでは、今日はココまで。
またの機会に会える事を楽しみにしています。

2014年2月17日月曜日

日本の倫理に対する禁忌感

アメリカ&ドイツの皆様こんばんわ。
日本語ですが勘弁してください。
私はおそらく英語やドイツ語が正しく書けないと思います。
それでも良かったら、また見に来てくださいね。

最近アメリカやドイツの方からの訪問が日本より圧倒的に多いので、書いてみました。

実際問題英語とドイツ語だけであれば、書けない&読めない事も無いのですが、非常に時間がかかります。
面倒くさくて仕方ないから、やらないと言うほうが正しいかもしれません。
日本語と他国語の間にある“意味の壁”っていうのは、想像以上に大きいです。

日本語は1文字1文字その物が大きな意味を表し、文面で更に深い意味を描き、そして書いていないことまでを想像して解釈しなければならない言語ですので非常に楽です。
ツイッターでも十分言いたい事が伝わります
また、達人になると、5・7・5の俳句ですら、情景、音、思いを先鋭に描ききる事が可能です。
ですが、他国語は違います。

英語は本当に音声だけですし、単語が複数重なって初めて意味を成します。
ドイツ語に至っては女性名詞だの男性名詞だの、日本人の感覚とはとてもかけ離れているので、理解不能です。ただ、カタカナ読みができるのは非常にありがたいですが…。

まぁ、こんなに壁があったら、日本人からすれば使い勝手の超絶に悪い英語なんて勉強しようとも思わないですよね。
同様に外国人からしてみれば、日本語ほど難しい言語なんて無い訳です。覚えたくとも覚えられません。
ただ、アニメ・漫画はこの言葉一つが意味を持つ事によって生まれている場面が多いので、外国語版を読むと違和感を感じる事が多いです。


さて、私が外国語が苦手だと言う言い訳はこの位でさておき、本日は倫理に対する禁忌感の話。
本日、“ETの会”なる、巷で言う所の中部地区の“倫理研究会”で勉強させていただきました。
このETの会には約2年前からお世話にならさして頂いてます。
最初はもっと学術的な内容で、混沌としているのか?と思いきや、実に現場染みた話を倫理的な解釈としてどう在るべきか?と言う話が多く、まともな技術者としては必見な内容です。

ただ、あまりに難しいとか、難解だと感じる方が多いようで、途中で飽きる方も多い模様。
それに倫理だけでは生産性は生みませんからね。
あくまでも、技術を使うに当たっての下地の素養として必須事項なだけです。
そこに気付けるには、それまた相当高い技術力や一種の哲学・価値観が必要なのですが、普通の人にとって、それは結構酷なのかも知れません。

私からすれば、某企業を見れば解るように倫理観・思想と言う自己の根底が無いままに技術を使われるほうがよっぽど怖いのです。
しかしながら、日本では余程の事が無い限り一定レベルの倫理観は植えつけられざるを得ない状態にある、もしくは、そうでないものは社会的に排除されやすい社会構造なので、被害はまだ少ないのかもしれません。

日本人が宗教や哲学、倫理観を嫌う傾向はかなり前からありますが、何故そうなったのか?私なりに応えてみようと思います。

そもそも日本は多神教の国です。
また、多神教の根底にあるのは自然崇拝(自然=神)です。
日本は国家の主権をほぼ2000年近く、天皇家が握っていました。
理由は、その天皇家が代々引き継がれてきた優れた生粋の祈祷師の家系だからです。
初代天皇が即位して、2000年もありますから、その祈祷師=できた人であれば、その教えが自然と全国民に伝わるには十分過ぎる年月があるわけです。
すなわち、日本において、自然とともに生き、先祖を敬い、食を尊び、平和であることを願うのは遺伝的に体に染み付いているともいえます。
諸外国は日本へ何をしても怒らなかったのに、一定以上の限度を超えたとき(先祖への冒涜)&食の問題だけは触発でしたよね
少なくとも今の自分があるのは誰かわからないような2000年近く前に暮らしていた先祖が、この地を選び、天皇=優れた祈祷師を敬ったからこそ、今の自分がココに存在できる訳です。

それを周囲からとやかく言われて否定される様な事は、先祖への冒涜に近い訳です。
戦後、天皇家が廃止されなかった理由が少しは見えてくるかもしれません。
廃止された途端、国民が一気に暴徒化して、それこそ当時開発が完了し掛かっていた原爆を持ち出していたかもしれませんね…。
自分たちが死ぬことよりも、先祖を冒涜されたほうが、よっぽど身に応える。それは今も昔も変わりません。
尤も、日本に住んでいたとしても、日本人で無ければ全く別の話ですが…。
最近は不法入国者&その末代がかなり多いですからねぇ~。あまりに横暴過ぎるので、そろそろ強制送還されそうな勢いですが…


さて、普通のまともな日本人からすれば、哲学、宗教観、倫理観、と言うものは、生まれつき当たり前のように持つべきものであり、自分自ら死の間際に昇華させる成果物であって、とやかく言うような代物ではないことを暗に悟っているとも言えます。

日本語と言う言語体系にもそれは如実に現れています
さらには、日本自身が非常に自然災害が多いのに発展した地域という点でも、生きていることは既に死を迎える覚悟を決めているとも言えるような環境です。その死を迎えるに当たって、いい生き様を周囲に魅せると言うのは、一つの美学にもなっています。
切腹、武士道、戦う前にお互いが名乗り合う等…非常に多いですよね。

こういった諸外国では普通、長年の研究や、勉学、悟りをしてなお辿り着き難い境地を、日本人は生まれながらにして得やすい環境で育っています。
そしてその結果、自分の生まれた背景にある2000年近い歴史を冒涜されるような行為(哲学・倫理学・宗教の押し付け)を嫌う傾向があるのかも知れません。

ただ、最近は某密入国者の工作の賜物もあってか、それが薄れつつあります
その補完をする為に仕方無しに教育をせねば成らなくなり始めたのですが、DNAレベルで染み付いた嫌悪感と言うのが、どうも邪魔するように見えています。

ザビエルを始め、過去そういう怪しい人に騙されて痛い目を見たから染み付いているのです。
しかしながら案外と世間や周りは個人の能力低下に対して鈍感ではありません。
倫理観や哲学の無い技術と言うのは、得てして大した成果を生みません。また、生んだとしても、継続的な生産性は見込めません。それは過去と諸外国が実証しています。

そろそろ自分に足りないものが何か?理性で判断するようになっても良いのではないかな?と私は危惧しています。

先日も少し述べましたが、不景気を引き起こした引き金を引いたのは企業側ですが、その不景気を意図的に続けているのは、紛れも無く国民全員なんですよ?

ではでは、今日はココまで。
またの機会に会える事を楽しみにしています。

2014年2月16日日曜日

企業の育て方と顧客のあり方

昨今リコールや、商品の寿命に関して危惧する事が多く、新しいものを買うと、ひょっとして古いものを整備して使い続けるよりも寿命が短いのではないか?
そう思われている方も多いと思います。

今日はそんな企業をどの様に育てるべきか?私なりに喋ろうと思います。

日本と言う国は世間の国々とは変わり、かなり循環型社会になってまして、日本のGDPのうち、個人消費が6割を超える状態です。

これは以前から述べているように、
『会社が給与を下げたら、国の景気が悪くなって自爆する構造』
であります。

別の視点からすると、
顧客が自分たちで購入するものをうまく選べば、企業はその方向を向かざるを得なくなる
訳です。

つまりは
粗悪品を買っていると、そのうち市場には粗悪品しか出回らなくなる
さらに、企業自身が粗悪品しか作れなくなる
と言う構造にも至ります。
あぁ、そういえばPC事業を売り払った会社が、言い訳にしてましたよね。
尤も、彼らの場合は、先に自分たちが粗悪品を作って顧客を遠ざけたため、自分たちで市場を破壊してしまったのですが…。

私はこういう構造がとても危ないと思っているので、とにかく日本製のそれなりに良い物に拘って生活を進めています。
しかしながら、価格性能比で見た物価は嫌でも上がっているので、平均以上の給与水準でありながらも、給与が少し前の時代に比べて安いと言うのは、とても苦しいのだなぁ~と思うわけです。

正直に言うと、貯蓄ができなくなり、高いものが一切購入できなくなります
着るものに拘っていない、装飾などにも一切機を向けない状態ですが、それで黒字ギリギリです。
家電が既に厳しい。車や家なんて論外と言う状態です。

正直、ココまで苦しいと、
普通の一般人は安いものを買わざるを得なくなる
と言うのが本音です。
騙され易いのが100円均一ではないでしょうか?見た目では簡単に壊れないのですが、価格性能比では非常に分が悪い製品群ですよね。
でもこの構造、誰かが崩さないと駄目なのですが、それを今の社会は解っているのでしょうか?
正直一部の政治家や、一定以上の価値観を持った人にしか解っていないように思えるのです。

卵が先か、鶏が先か?の論になってしまうのですが、どう考えても、この不景気を先にけしかけたのって、企業側なんですよね…。

その構造が破綻してしまったのがアメリカやヨーロッパの財閥ですが、その真似をするのはかなり危険なので、気づいて欲しいところです。

幸せの絶対量なんて、世の中には一定量しかありません
富をせしめると言う事は、その分周囲に負の影響を及ぼしている訳です。
某電力会社のボスみたいに、皆に恨まれて、末代まで恨まれて生きてゆきたいですか?

私はそんな恥さらしな生き方なんてできません。
こういった所で愚痴っていても仕方ありませんが、一定以上の富を得るためには、誰かを犠牲にしてゆかねばなりません。
その犠牲者にある程度の支持がされなければ、必然的に土台は崩れ、自らが誰かの犠牲者にならざるを得ない未来がやってきます。
その答えがもう幾らか見え始めていると思いますが、ココを見ている方は気づいていますか?
石油系や、鉄系の財閥が大盛り上がりですよね。
彼らとそれを支持する国は、そのうち嫌でも市民側から突き落とさざるを得なくなります。


さて、我々に何ができるでしょうか?
先ずは身近なところから始めてみませんか?
絶対的に必要なものから、少しばかり良い物を選んで買ってみましょう。
地元の少し高いお米はとてもおいしいですよ。
1杯当たり数円の支出ですが、食事がとても楽しくなります。
牛も豚も、日本産は比較的安心しておいしく食べれますよ?
アメリカ産は牛の肉骨粉入りの餌で飼育されたのが豚、その糞で飼育されたのが牛です。マクドナルドがオージービーフの理由、もう判りますよね?
先ずは食生活を豊かにすれば、心も豊かになります。
余裕のある豊かな心は、間違った商品を買おうとしなくなります。
1日に3回しか食べられない食事だからこそ、おいしいものを食べる
こういった手短なところから手をつけてみる事をお勧めします。

市場製品は外れが多いですが、食はかなり当りが多いです。
先ずは自分で解るものから手をつけ、徐々に感覚を良いものに育てて浮きましょう。
そうすればそのうち良い商品が見えてくるはずです。

良い製品の購入は社会を大きく育てます
社会の構造を構成する6割以上の権限を持っている個人だからこそ、正しい用途に自分の私財を使いましょう。
顧客は正しく在れ、それが今の不景気を打開する第一歩になります。

ではでは、今日はココまで。
またの機会に会える事を楽しみにしています。

2014年2月12日水曜日

実は意図しないノイズ生成機?

さて、先日、メーカーが公開したがらない周波数特性の話をしましたが、今日も引き続き暴露ネタ。
計装機器によく使われる機器に、アイソレータと、ディストリビュータと言うものがあります。

それぞれの違いは

アイソレータ⇒信号だけを入力してDC絶縁して伝送する
ディストリビュータ⇒DC24Vを与え、負荷電流が信号なので、その信号をDC絶縁して伝送する

要するに電源に信号を重畳させているってだけです。
ただ厄介なのは、この周波数特性と言うもの、産業機器でも特殊な用途によっては、かなりの広範囲のダイナミックレンジを要求するケースがあります。
私から言わせれば、
そんなところにアナログ伝送なんて使うな!
で、一蹴するのですが…。

そんな中、意外と制御の応答性を求めたり、そうでなくとも、経年劣化を見込んで安定側に振っておきたいケースも多々あるわけです。

で、問題なのが、この周波数特性。
(ちょっと見難いですが、強引に同じ類を集めて載せました)



このグラフから解るように、
意図していない信号の伝達が発生したりする可能性が否定できなくなります
そもそもインバータでノイズが乗るからアイソレーションしたのに、乗っているではないか?
と言う結果になりかねません。

1Hzオーダーで位相が回り始めていますから、安定性にも大きく影響します。
しかも、物によっては相当汚い特性で、安易に1次遅れで近似できません。バタバタ暴れて、信号が変に加工され汚い信号を伝播する可能性すらあるわけです。
結果、大事な事がわかると思います。

壊れたからと言って、安易にメーカーを変えるな
“プラントをこさえるより先に、良いメーカーを選んでおけ
新しくてもディストリビュータは怪しい、注意しろ”

こういう特性を理解した上でプラント設計するのと、そうでないのとでは雲泥の差が生まれます。
プラントは24時間365日連続稼動ですから、止まらない・トラブルが起きないようにする事が最も優先されます。

こういう業界では終端250Ωで1~5Vの信号にするのが一般的です。
しかしながら、接続する機器の種類によっては、コンデンサを並列につなぎ、意図的なフィルタを作りこむ必要がある事を頭の片隅に入れておいても良いかも知れません。


ではでは、今日はココまで。
またの機会に会える事を楽しみにしています。

2014年2月8日土曜日

CL420と言うちょっと気になった道具の周波数特性

このブログをはじめてから、ず~っと概念的なお話をしておりますが、いい加減飽きてきた頃の方も居られると思うので、今日2回目の投稿はちょっと具体的な話をば…。

最近会社に導入した横河製のクランプ式電流計CL420(産業用途の信号測定用)が、ロガーに接続して使えるかどうか?
評価もどきの判断しようと思い、周波数特性を採りました。

結果はご覧のとおり
…ん~普通にロガー用途には使えない(と言うよりは使った値を信じるとえらい目にあいそう)ですね…
あくまでも現場でゆっくりとした信号の伝達の様子を伺うだけの代物に仕立て上げられているようです。
正直、少々残念です。

やはりロギング+解析などの本気モード用途に関しては、真面目に金出して、それなりの電流計を買いなさいって事なんでしょうね。

私は当然のようにAM503BとA6302とA6304XLと言う、一昔前のかなり本気モードな組み合わせを持っていますが、会社に持ち込む気になりにくいというのが本音です。
(壊れたら会社が買ってくれるものでもなければ、そうしてくれる保証も無いので、勿体無いし…)

一度ゲインが堕ちた後、中途半端にゲインが暴れている辺りもあまり気分のいい特性でもないように思えます。せめて、アナログのフィルタか何かを噛ましてくれれば良かったのですが…。
そもそも、会社のものでなければ、さくっとアナログフィルタをつけちゃうんですけどねぇ~

こういう特性を知らないで使うと痛い目にあいますよ?
というのを私は解るから良いのですが、世間様はそうではない様な気がするので、説明書あたりにチラッと書いておいて欲しいところです。
そう、おおよその機器は周波数特性に関する注意事項を書いてくれていないのですよね。
この問題は、後日にもお話しようと思います。

ではでは、今日はココまで。
またの機会に会える事を楽しみにしています。

自爆的開発の先のPC事業売却

なんか日本の組み込み市場を破壊したことで有名な社長のサイトから飛んできてる人が多いなぁ~と思ったら、この前眉唾じゃないのか?と言い放った、特定の商品名の検索で引っかかっているんですね。

ネット上で検索とは、昔に比べてずいぶん便利な世の中になったものです。
仕事も随分と早く片付くようになりましたし、データシートも速攻で検索できます。
サポートの良い企業か、悪い企業かどうかも、簡単に判断つくようになりましたしね…事前に失敗しにくい選定が行えるので本当にありがたいです。
しかしながら、その分考え抜く力が薄れ気味になっていることは否めない事実だと思います。

過去の市場向け製品群には魅力的な製品が多くありました。
それは紛れも無く、技術者や営業、経営、企画等の様々な部署の人たちが力を合わせ考え抜く事ができたからだと思います。

しかし昨今はどうでしょうか?おおよその企業が次のような流れで製品開発をしているように感じています。

1.皆が気に入りそうな夢と妄想だけの開発のプレゼンをする
2.企画は通るが、張ったりだから内容が伴わず、苦しい製品開発を余儀なくされる
3.張ったりや妄想だけでは製品開発がまともに進む訳が無いので、妥協が入り混じる
4.幾らか大元のコンセプトは異なるが、見てくれだけは同じようなものが製品化される
5.内容の伴わない製品なんて、客が離れるのは明白、そのうち客足が遠のく

あらあら、任天堂さんは既に1の段階を表向きにやり始めてますねぇ~今後楽しみです。
本当に、学歴だけでの採用と言うのは恐ろしいものです…。
とりあえず目先の製品開発目標は大切だとは思いますが、客足と言う観点では、目先よりも中長期視点、つまり、まともな製品を作れたかどうかが大きく左右します。

客足とは厄介なもので、増えるのはほんの少しずつですが、離れるのは一瞬です。

真面目な製品を作り続けることは、目に見えるような大きな収益を生みませんが、目に見えない収益を確りと着実に創出しています。
日本の消費は8割が国内です。つまり多くの製品の口コミに関して、言葉の壁はありません。
マスコミは信用されていません。しかし、ネット社会の口コミで広がりはじめたら、一気にその手のマニア・オタクには浸透します。

マニア・オタクに浸透すれば早いものです。
マニア・オタクは、次の製品購入に関して的確なアドバイスを周囲にもたらします。特にネット社会ではマニアやオタクに対して質問するハードルが低くなったので、一気に浸透します。
民生品の場合、特に彼らに対して有効な評価を得られるかどうかを視点に置いて、開発の方向性判断すべきであると私は考えています。
需要や、市場の創造をするためには特に使い込んでいる利用者側の視点がとても重要な要素になります。

自動車なんて最たる例ですよね。足が硬いだけのボディーフニャフニャ、エンジンスカスカの車をスポーツカーとか言い切るのは、頭の中おかしいんじゃないのか?と思います。

決して、見てくれだけの良く分からないスポーツアピールのエアロ装備をした日本の箱型市販車とか、日本のコンパクトカーをちょっとスポーツ風味にした奴とか、エンジンとリア周りがどうしようもなく残念な86・BRZとかを言っている訳ではないですよ。念のため、



ココで近年失敗している企業が多々あります。
いまPC事業売却で話題沸騰のSONYなんかが代表例ではないでしょうか。
信者と思われる宗教じみた愛好家は別として、ほかの客は壊れる製品と言うことでここ数年で一気に離れてしまいました。

保証期限で物が壊れる設計” でも書きましたが、結局のところ
真面目な設計能力が在るか無いかが最低限の品質保証であり、マニュアル・技術標準なんていうものはリコールなどで失敗しないための最低限のガイドライン
であることを確りと認識できていないとなりません。
そう、今のマニュアル化では日本人の思っているところの品質と言うものは何も保証できないのです。

日本人の多くは製品は壊れ難いもの=耐久消費財だと思っています。
冷蔵庫やテレビ自動車を保障の1年で買い換えますか?
壊れていないのに車検がきたと言う理由で3年で買い換える自動車はさておき、普通に正しく使っていれば5年以上持つ製品群です。

それが保障が切れた途端に買い換えが必要な企業であった場合、魅力的でなくとも他メーカーを選ぶと思います。
そこからさらに製品としての魅力がなくなってしまったら…結果は自明ですよね。

耐久消費財、壊れない製品開発は日本国家が認める大きな付加価値の創造です。
価格?そんなの多少なら上げてもいいに決まっているでしょ?
耐久消費財化するためのコストなんて、製品コストの1割増加にもなりません、消費税とほぼ一緒です。
営業が無理な値引き止めればそこで終わりですよ。いいものは黙っていてもそれなりに売れます。
ココの認識が某社の運命を決定付けてしまったのではないのでしょうか。

それ以上に赤字なのに責任の執り方も分からずに遊んで、毎年何億円ももらっている役員さんのほうが大問題ですけどね…。
少しは責任の執り方を絶賛実践中なトヨタの大ボス=豊田章男氏を見習って欲しいものです。

この企業の流れ、実際のところは他人事じゃありません。
他所の企業(日立・東芝・富士通等)でも実際に過去に起きて、失敗して方向性を変えざるを得なくなって今があります。
他の企業は業務関連・軍事関連で耐えていますが、単純な製品群しか持たない企業であった場合、致命的であったでしょうね。

皆様の所属される企業も、良い方向性を目指されることを願っています。

ではでは、今日はココまで。
またの機会に会える事を楽しみにしています。

2014年2月4日火曜日

攻めと守りと産学連携

早いもので、この手のブログをやりだして半月ほどたちました。
内容が超絶に濃厚過ぎて消化不良気味の気がしますが、しばらくはこのペースで進めようと思います。

さて、私は転職回数がとても多いと言う話を以前にしたと思います。
それぞれの時点で、それなりの思惑があり、思慮して転職したつもりでいます。
まぁ、尤も、今考えてみれば『ガキだねぇ~』という転職が結構多いのですが…。

そんな中、転職をした理由に、
本気で仕事をやりたいのに、やらせてもらえない
と言う、一見不可解な理由があります。

何のことは無く、そのままの意味なのです。
が、それだとあまりにも世の中が理不尽過ぎると思うので、少し前向きな考えをしてみました。


現実的な極論から話すと、、私みたいに仕事をさっさと片付けようとする人は実は希少種です。
現実の世界では如何に堕落するか?、堕落してしまくるか?を考えやすいのが人間であったりします。
それは楽して儲けたいとか、ただ飯食いたいとか、何もしないでもてたいとかいう、どうしようもない浅ましい考えだったりします。
脳に電極刺して、ボタンを押したら快感与える装置を提供してあげてたら、ボタンを押しながら飲まず食わずで死んでゆくでしょうね。それぐらい人間は楽というものに弱いものです。

世の中の幸福の量はほぼ一定です。
あなたが楽した分だけ、どこかで誰かが苦しみもがいていることを確りと認識しなければなりません。
まぁ、こんな説教部屋的な倫理観の話はさておき、話を元に戻します。


そのだらけた社会構造の中に、期待以上の仕事をしてもらっては困るという一種の変な制約があります。
これは
単に上司が状況の理解できないだけの無能
であったり、
奥の手を出し過ぎると、次の一手が打てなくなるので、市場の戦略的に非常に拙い場合
であったり、
払ってもらえる額面の決まっている客からの要求に対して、過剰な成果を供給してしまうと、技術価値が下がり市場崩壊に繋がる
等、様々です。

私の場合、一番最初に挙げた事項が殆どでしたが、昔の私にはその他の潜在的な問題はおそらく明確に認識していなかったと思います。
なんと言うか、お花畑な頭だったものですから、
『世界のエネルギー消費を減らすためには技術の前進が必須、だから全力で挑むべき』
と信じて止みませんでした。
事実、研究部門はこれで良いと思いますが、設計に関しては幾らか全力で攻めてはいけないケースがあります。
正確に言うと、全力で攻めつつも、自分たちの生活を守ると言うべきかもしれません。

研究はイノベーションとやらを当てに行く為に全力を尽くして行かないと掠りもしません
そう、都民さんが絶賛して選んだR4とか言う議員はふざけた事を抜かしましたが、1番目指さなきゃ、表彰台に立てるような成果どころか何も得られないのですよ。

しかし、設計や開発は事情が異なります。既に基礎理論の確立した一定量の科学技術の背景があるので、そこからどれだけを製品に向けて取り出せる事ができるか?を問う総合的技術部門です。
また、市場から研究者の研究費を捻出するための機関でもあります。

ですから、きめ細かく自分たちの位置を保ちながら前に進めて、未来像を描きながらも、あえて守りに入る事が必要です。
市場とは残酷で、寄付などしてくれません。しかし、価格を上げたくても、市場は価格低下を望みますし、高い品物は世の中の多くの人を犠牲にします
ですので、あえて製品として世に踏み出さず、量産技術や、他社への対抗策としての切り札=試作程度に抑える必要性が出てきます。


さて、いつもに増して前置きがずいぶんと長くなりましたが、ココからが本題。
少し前M&M2013 日本機械学会材料力学カンファレンスで少しお話をさせていただいた(宣伝)のですが、大学は研究をやっていれば良いと言うものでもありません。
かといって、市場を目指すと企業と変わりないため、価値が薄れます。
では何処を目指すべきか?
産学が連携できるような方向に進まなければ、収益性や研究としての価値も薄いのだから、そこを目指すべきだと考えています。

大学も研究するには資金が必要です。ですが、大学の教授さんの多くは自分のやりたい事しかやりたく無いと言う方がとても多いです。
それでは生き残れません。
そんなことで残酷な市場は認めてくれません。生活費も提供してもらえません。
しかも、真の技術に昇華する為には、幾らか社会実験をしなければなりません。
それには幾らかの量産技術がいりますし、数をこなして確認することも必要です。
ではどうするか?
実験先とは他所の企業(本命)と連携しつつ、機密保持に反しない程度に実験台を利用するしかないと思います。
残念ながら中小企業、大企業でも比較的小型(資本金10億程度まで)は、研究に回せるほどの資金的余裕がありません
そこをうまく突いて、技術提携と言う名の市場実験をする必要が生まれます。

実験台の企業に対して資金提供してくださいと言えますか?
遊びたいから金をくれというニートとあまり変わりない
そう私は思います。

ですので、本命(資金提供元)、実験台(技術提携先)この複数社をうまく組み合わせつつ研究をするしか道が無さそうに思えます。
しかしながら昨今の大学は少々微妙です。
こういった市場創造を見据えた技術戦略に少し欠けているのではないか?
そう思えてなりません。。

私は大学側がもう少し市場を見据えた研究にシフトしなければ産学連携ができないと考えています。
尤も、時既に遅し。
企業側も今更それをされてもどうしようもないという現実があります。
“Googleが東大発ロボットベンチャーSCHAFTを買収”
この事実は、経営者が見る目が無いと言う現実の表れでもあります。

昨今のゼニゲバ社会・拝金主義社会構造を作ったのが教育者であれば、それに苦しめられるのも教育者側なのかもしれません。

経営者・倫理観、こういった大きな類がまともにならなければ、暫くお先が暗そうですが、浄化されるのにはもう少し時間がかかりそうに思えます。

その間は良い企業をひたすら探し、絆を深めて信頼関係の構築を続けるしかないのかもしれませんね。
連携は先ず信頼関係の上に金銭関係ですから…。
暫く途轍も無い守り期間ですね。
尤も、これを望んだのも教育者たち…つまり、易にユトリ世代を輩出した教育者たちの試練だとも思えるのが悲しいところです。


ま…実際のところは教育者というよりはモンピ連中=バブルの子世代がまともな親ではないことに対しての問題が非常に大きいのですが…。

バブルは人を壊すとは、昔の人は良い事言ったねぇ~。


ではでは、今日はココまで。
またの機会に会える事を楽しみにしています。

技術と技能の違い

最近、技術と技能を混同して習得しようとしている人が多いように感じます。
私から言わせて貰えば、これらには明確な分け目がありますし、間違えることすら難しいことなのです。
しかしながら、世間一般、特に初心者には分かり難いかもしれません。

やってみないと分からないと言う周囲の雰囲気がそうさせているのかもしれません。
ただ、技術に関して言えば、最後の折り合い付ける所以外は、実機検証が無くてもおおよその目処が立ちますし、立たない時点で、当人がその技術を扱える知識を持ち合わせていないだけです。

極論言ってしまえば、当人にとっては敷居が高過ぎるので、その高い敷居を幾らか緩和してあげる策が必要になる訳です。
当人の勉強不足だったり、そもそも扱う対象の技術分野が確立されていない場合も有ります。
体系化されていない技術は、結局のところ幾らかパラメータを振ってみて、どの要素技術の応用であるかを見抜く必要があります。
逆に書面化されているといって安心しきって失敗こいている人もよく見かけますよね、特に電源の安定性や、電源のノイズに関する話題とか…。

さて、技術と技能の違い、単純に言ってしまえば技術はおおよそが体系化されたものであり、書面化できます
変わって技能は、その個人の能力に依存する部分が大きく、体系化しても、大きな効力を得る事ができません。すなわち、職人芸に近い事です。

以前なら私ができていたpHを鼻と素手で測るという業のも技能です。
回路設計・ソフト設計・機械設計なんかは、殆どが技術です。
結構分かりやすいのではないでしょうか?

これの習得方法を間違ってすると何が問題か?
単純な話で、例えばよくあるパターンの技術を技能で習得しようとした場合に起きる問題を挙げると…。
所謂過去に人が立証してくれた法則を導き出すのを経験と勘を頼りに感性で進めているので時間の無駄
逆の場合ですと、パラメータが複雑過ぎる系(測定しきれないので、実質的に技術から縁が遠くなる)や、人間の感覚を必須とする加工技術の書面化や体系化は傾向がつかめるが、実質的な作業工数の削減には繋がり難い


最近、技術も技能も分からない、学校の成績が良かっただけの人間がマニュアル化を行うと、後者のパターンが良く見られます。
間違ったマニュアルが運用され、しかも上司もそういう系統の人が多いので、余計に拍車がかかります。
上司の意志が変に固くプライドも変に高いので、マニュアル以外のケースは認められません。そのため、嫌でも間違った方向に振った製品が多くなります。最近某企業でどうしようもない物しか出荷させてもらえない事が多く出てきているのはこのためです。

見てますか?あなたの会社のことですよ?
尤も、見て分かるようなら、とっくに舵を切り直しているんですけどもね…

まぁ、そんな訳で、技術と技能には壁がありますし、それなりには分け隔てがあります。
が!ココからが重要。
2つ合わせないと、もの作りは全く完成しません
技術だけでは知的財産以外の何も生み出せません、技能だけでも変なモノができておしまいです。
ですので、技術と技能は掛け合わせ方がとても重要です。
大事なことなので、違った言い回しで2回言いました。


高度な技術は職人芸にも見える事が多いですし、魔法のように感じることから、経験と勘でしか得られないと思っている頭の可哀想な方が多く居られます。
しかし、技術は殆どが体系化できて、残す事ができます。
ものづくりの場では一見似たもの2つが混在する事が多いので、気をつけて見て行きましょう。

技術を体系化して進歩しない限り、もの作りは進歩しません
つまりは、そのうちお飯が食えなくなるって事です。
猿真似だけで食って行けるほど世の中は甘くありませんよ?
真似なら+αの付加価値が売れる必須条件になります。

ではでは今日はココまで、
また会える機会を楽しみにしています。